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PTCAの第一人者は
闘いつづけた冒険者。(4)
いつしか激しい誹謗は高い評価へと変わり
全国から患者が来院
崩壊寸前の病院に日本一の循環器科をつくって再生させる。当初、最先端の医療は、前述のとおり、医師会や患者はおろか院内の人々からも非難された。激しい中傷と誹謗を浴びながらも2人は走りつづける。
結果、状況は大逆転。PTCAは成功の1例目をクリアしたあとは、安定した実績を残し、いつしか誹謗は高い評価へと変わっていく。そうなると患者の口コミとは恐ろしいもので、日本全国から患者がつめかけ「循環器の疾病なら小倉記念」と言わるまでにいたった。
小倉記念病院の循環器科医師たち
「仕事が忙しく、いつ呼び出されてもいいように枕元にスーツを置いて寝ていました。PTCAの技術向上のため海外へもしょっちゅう行かなぁいかんですし、夜は起こされるし、昼は当然仕事があるし、たいへんやったです。50歳までは、まさに無我夢中。でも、おかげですばらしい達成感を得られました。僕がいなかったら日本のPTCA技術は十数年後れていたでしょう」
2003年、院長に就任。PTCAのごとく病院経営を順当にこなすと同時に教育にも注力し、近年では同院で循環器を学びたいと門を叩く50人近い若き医師たちを迎え入れているというから驚きだ。日本でそれだけの若き医師が集うのは、大学病院を入れても唯一同院のみだろう。倉敷中央病院で李登輝元台湾総統を手術し一躍有名になった光藤和明氏も、いわずと知れた延吉氏の弟子。ほかにも優秀な循環器の医師を多数輩出。自ら治療した患者の数も驚異的だが、すぐれた弟子によって先端の治療を受けた患者数を鑑みるに、延吉氏のなした功績の大きさは計りしれない。
全職員を対象に
人間性を高めるための研修を実施
現在、延吉氏は「3つの幸せ」を理念に掲げ病院運営をしている。
「『患者の幸せ』はもちろん、『地域の幸せ』、『職員の幸せ』と、3つの幸せを実現したい。特別な理念ではないでしょう。どこの病院でも、よく見かけます。ただ、理念を掲げるならどこでもできる。当院が、ほかの病院と違う点は、必ず有言実行するところです」
さらに延吉氏は、同院は循環器医療で隆盛を迎えたが、今後は地域完結型医療の中核として循環器と脳外科に特化していくといった明確な方針を打ち出す。
昨年の秋には総工費約400億円の新病院も竣工した。「お金を借りるのがたいへんでね、僕を担保にして借りました(笑)」――笑いながら言うが、まんざら嘘でもないように思われた。延吉氏あっての小倉記念病院であり、同院は彼そのものと言っても過言ではない。
「新病院建設は、現在の建物があまりにも古ぼけていて耐震構造にも疑問があり、院長の最低限のミッションだと思っていました。もちろん『3つの幸せ』のためには、新しい器に何を入れるのかがもっとも大切。ですから僕は7年間で76日間を費やし、1000人以上いる全職員を対象に人間性を高めてもらうための研修を実施しました」
世界で最先端の循環器医療を追って走りつづけ、激しい抵抗勢力との闘いを強いられながらも、自らの医療技術をもってして潰れかけた病院を世界レベルの循環器医療ができる場所に変貌させた。
その人が病院の長となったとき、病院でもっとも大切なのは、技術でもなければ、最先端の医療機器でもなく、「職員の人間性の高さ」だと言ったとき、虚を突かれて、しばし驚き、深く反省した。
冒険者は、最先端の医療のみに心奪われていたわけではなく、医療の本質を知り、医療の本質を常にいちばん大切にしてきた真の医師だった。
CLOSE UP THE DOCTOR
心臓に関する世界的権威を持つ学会であるAHA、FACC、FSCAIの3つの会員になっているのは、日本では、延吉氏ただひとりであり、世界的に見てもほとんどいない。延吉氏が「日本の」ではなく「世界の」延吉氏であることがわかる。
AHA:米国心臓協会(American Heart Association)は、アメリカに存在する医学系学会。心血管障害、脳卒中の研究及び、心肺蘇生教育に関する世界的情報発信団体であり、世界的権威でもある
FACC:心臓病に関して世界でもっとも権威ある米国心臓病学会正会員(Fellow of the American College of Cardiology)
FSCAI:米国冠動脈造影治療学会正規会員(Fellow of the The Society for Cardiac Angiography and Interventions)
取材:中村敬彦
文:及川佐知枝
撮影:木内博
記事提供:株式会社メディカル・プリンシプル社
2011年2月号より
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- 「僕が手がけたPTCAの数は、一昨年7月に5万例を超しました。
1例を15分で終わらせられるので残せた数字です」 - 延吉 正清 (のぶよし・まさきよ)
- 財団法人平成紫川会社会保険小倉記念病院院長
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1940年 福岡県北九州市小倉南区に生まれる 1966年 京都大学医学部卒業 1967年 京都大学医学部附属病院第一内科、第二内科、第三内科を1年間ローテート 1968年 高知市立市民病院 1972年 岐阜大学医学部 1974年 社会保険小倉記念病院内科部長 2003年 社会保険小倉記念病院院長 2006年 財団法人平成紫川会理事長
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