【特集】2012年度 私立医科大学特集
私立医科大学の組織力と連携で展開する医学教育と地域医療

小川 秀興
学校法人順天堂 理事長
一般社団法人 日本私立医科大学協会 会長

社団法人日本私立医科大学協会は、全国に29ある私立大学医学部及び医科大学によって創立された教育事業団体です。私立医科大学は、医師の育成、医療技術の向上、地域医療の充実など、日本の医療に大きく貢献してきました。医師の不足や偏在、地域格差、医療安全の問題など多くの課題を抱えるいま、私立医科大学が果たす役割は重要性を増しています。

同協会会長であり順天堂大学理事長の小川秀興氏に、私立医科大学が担う役割、これからの医療で大学病院がすべきこと、そして医療改革への提言などを2回にわたって伺います。(聞き手/読売新聞東京本社 編集委員 前野一雄)

第1回 災害医療に生かす私立医科大学の機動力と組織力

Q.東日本大震災から日本人は多くの教訓を得ました。災害医療においても課題が浮かび上がったのではないでしょうか。

東日本大震災の被害で特徴的だったのは、第一に津波で多くの人の命が奪われたこと、第二に、救急医療が必要な重症のケガ人などは比較的少なかった反面、慢性疾患を抱えながら避難生活を送らざるを得なくなった人々が大勢いらっしゃったことです。

津波からは逃れたものの、家財を失い、薬も流されてしまった被災者は、糖尿病や高血圧、脳神経疾患などの慢性疾患が悪化してしまうのではないかという不安の中、避難所でストレスの多い生活を強いられました。

1995年の阪神・淡路大震災後、主に救急医療に対応する災害派遣医療チーム(DMAT)の体制は整いましたが、慢性疾患の患者さんを支える災害医療の仕組みが見落とされていたといわざるを得ません。高齢化が進む中、慢性疾患の患者さんを支える災害医療の確立を急がなければならないでしょう。

また、多くの犠牲者が出た場合には検死を行う病理学や法医学の専門家の派遣が必要ですし、避難生活を送る人たちやそれを支援する人のメンタルヘルスケアの人材も求められます。

地震と津波で交通網が分断された場合に、医薬品などの支援物資を被災地に速やかに送り届けるための体制づくりも必要です。

Q.東日本大震災直後から数多くの医療チームが被災地に入りましたが、私立医科大学病院はどのような役割を果たしたのでしょう。

私たちがまとめた「被災地への医師等派遣状況」を見ると、1大学あたりの医師派遣人数は私立大学が112.1人と、国公立大学(国立:91.3人、公立:83.1人)よりも多いことがわかります。これは、私立大学ならではの機動力が発揮された結果だと考えています。

国公立大学の医師は公務員ですからどうしても制約がありますが、自由度の高い私立大学は、非番の医師が自らの判断で被災地に入る例も数多くありました。大学側も、病院の診療に支障を来さないように配慮しながら、被災地支援に意欲のある医師やコメディカル・チームを快く送り出しました。そのため、私立大学の方が震災直後から多くの医療チームを派遣できたのです。

余震などの危険に対する危機意識はもちろんありましたが、「損得ではない」という気持ちが皆を突き動かしていました。多くの職員が自ら手を挙げ、使命感をもって被災地に向かう。その姿は頼もしく、誇らしく感じました。


図:被災地への医師等派遣状況

Q.広い範囲で大きな災害が起きた地域に赴き、医療を展開するのには困難も多かったのではないでしょうか。

もっとも大きな問題は、指揮系統が明確でなかったことです。日本私立医科大学協会には、県、市町村、医師会,各学会、多くの病院・医療機関などさまざまなところから救援要請が舞い込み、救援活動に意欲的な病院、医療者が多かったにもかかわらず、国の指揮系統が確立されていなかったために、必要な場所に必要な人やモノを的確に送り込めないこともありました。

今回のように自治体の建物や職員も被災して否応なく機能が低下してしまうこともあるのですから、災害時は国が医療対策本部を設置して指揮を執る必要があるでしょう。

1923年の関東大震災でも死亡・行方不明者10万5,000人、重軽傷者は5万2,000人に及び、ライフラインは停止、東京の半分が火災で消失しましたが、陸軍軍医学校が震災発生22分後に救護所を開設、臨時の関東厳戒司令部もすぐに編成されました。軍の衛生材料の封印が解かれ、2日目以降には各地に救護所が開設、衛生部員4,366人が出動したことが記録に残っています。毒物検査や水質検査、コレラや赤痢などの菌検索、これらの感染症のワクチンの製造なども組織的に行われています。

しかしこのときは、国立大学病院間の連携が十分ではなく、私立医科大学やその前身である医学専門学校が各地で被災者支援に当たりました。順天堂大学も火災が迫る中、職員総出で上野公園まで全ての入院患者さんを運び、上野精養軒の建物を借りて入院患者のみならず、多くの被災者に医療を提供しています。象牙の塔から市井へと、医師が積極的に出ることで多くの人を救うことができたのです。

大規模な災害が発生した場合、まず国が速やかに医療対策本部を設置し、各都道府県の国公立大学と各地に分院をもつ私立医科大学が協力して医療チームを派遣する。そのような体制が迅速に整えられれば、より有効な災害医療を展開できるでしょう。

Q.東日本大震災から日本人は多くの教訓を得ました。災害医療においても課題が浮かび上がったのではないでしょうか。

私立医科大学(29大学)の本院の多くは都市部にありますが、全国に54施設もの分院を有しています。東日本大震災のあと、順天堂大学も本院を拠点として、被災地と全国の分院、他の国公立大学とも日本私立医科大学協会を通して、互いに連携して医療チームを派遣しました。日本私立医科大学協会加盟29大学の連携・協力、そして全国医学部長病院長会議とも連携し、その組織体系を生かすことで、災害医療に大きく貢献できたと考えています。

私は医学生時代から十数年間、岩手県や当時米軍統治下にあった沖縄・八重山諸島の小さな無医村・無医地区で無料診療セツルメント(困窮地域で無料診療する学生と若年医師による運動)を展開する活動を行っていました。診療のために現地に赴く中で、そこでは災害や遭難事故がしばしば起こっており、それが地域経済にも大きく影響していることを知りました。

東北の太平洋沿岸部では、数十年から百年の間隔で津波被害が発生しています。徹底した防災対策が行われて然るべきなのに、東日本大震災について「想定外」「未曾有」などのキーワードが多用されたことに対して、非常に違和感をもちました。過去の経験から学び、あらゆることを想定していれば、有効な災害対策が打ち出せたはずです。

「災害の多い地域で暮らす人々を放っておけない」という気持ちはずっと持ち続けています。東日本大震災を経験したことで、本院と分院が強い連携を維持し、災害時に組織的に動けるよう備えることが重要だとの思いを新たにしました。

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